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ペンギンは、いかにして眠るのか?

松本
いまだにわからないんだ、どのような姿勢でペンギンが寝るのか?
児嶋
まだ、言ってるんですか? もう1年近く、人に聞き回ってるのに…
松本
うん、大抵のひとは「立ったまま寝る」と断言するんだね。
児嶋
じゃあ、やっぱり立って寝るんでしょう。ペンギンも一応鳥だし、一般的に鳥は立って寝るから。
松本
おいおい、人ごと…じゃなかった、ペンギンごとだと思って容易に答えを出すなよ。ペンギンの身にもなって考えろよ。
児嶋
じゃあ、松本さんは「横になって寝る」と言いたいわけ?
あの短い腕…じゃなかった、翼を腕枕…じゃなかった翼枕にして。
松本
そう早急に答えを出しちゃいけないけど、ペンギンにとってみれば横になって寝るほうが楽だと思うんだ。だってあの体型でしょ?
短い足に重そうな胴がずっしりとのっかてるんだぜ。もしも君がペンギンだったらどうする?
歩くのですらヨチヨチ歩きなのに、あの体型で一生死ぬまで立って過ごしたいと思う? 立ったまま寝たいと思うか?
児嶋
そっ、そんなに興奮しないでくださいよ。それにしても松本さんはペンギンの話になるとムキになりますね。ペンギンの亡者。ペンギンに知り合いでもいるんですか?
松本
なんとなく親近感を覚えるのは確かだね。体型が似てるからかな? 元来、ペンギンの動きって、人間を思わせるものがあるのね。うーん、話がズレてきちゃったな、僕が言いたいのは僕が尋ねた人の誰ひとりとして「ペンギンが立って寝ている」ところを目撃していない、写真ですら見ていない、文章で読んですらいないという点を強調したいんだ。みんな想像で答えてるのよ。「おそらく立って寝るだろうなあ」って。
児嶋
それが松本さんには気に入らないわけですね。
松本
想像的見解からもかなり理路整然としている意見もあるんだけどさ。
児嶋
たとえば?
松本
『立って寝る』派の強力意見としては、まず「体温保存説」がある。
これはつまりペンギンは一般に氷上で生活しているよね。その氷上に横たわって寝ると氷に触れる表面積が大きくなる。そして体からどんどん熱が逃げていく、と。だから、立ったままねるのだ、と言うわけね。
児嶋
氷上に寝ていると体温がどんどん逃げていってしまう、と。ほーら、だからやっぱり立って寝るんじゃないですか。
松本
いや、この『体温保存説』には例外がいっぱいあるんだ。たとえば白熊、ポーラーベアね。彼らだって冷たいはずだよ。でも彼らは氷上で寝てるわけでしょう…うん、これも憶測だけどさ。ひょっとしたら、なにか敷物を敷いて寝てるかも知れないな。
児嶋
熊の敷物なんか…
松本
虎かも知れないけど…。まあ、敷物の追求はまたにして、とにかく氷上が冷たいからといって立って寝ていないことは確かだと思うんだ。
児嶋
そうですね。
松本
他にもゴマアザラシやトドだっているじゃない? みんな冷たくても氷の上で寝てるんだよ。
児嶋
それにペンギンは皮下脂肪も厚そうだし。
松本
だろ? ここで『体温保存説』は急速に真実味が薄れてしまうんだ。
児嶋
他にも何か説が?
松本
君も最初に言ったけど『ペンギン=鳥説』。確かに立ったまま寝るのはペンギンにとって辛いだろう。でも、ほら他の鳥を見なさい。彼らだって立って寝ているじゃないか、と言う説ね。
児嶋
僕はその意見に賛成ですね。
松本
この説を支持するひとは管理職派なんだよ。なんとかうまくまるめこもうとする。騒ぎを大きくしたくないんだな。それに「協調性」や「妥協」なんて言葉も行間に隠れている。
児嶋
「他の鳥が立って寝ているのに、なんで君だけ」ってね。
松本
この『ペンギン=鳥説』は『体温保存説』よりも根拠がないんだよ。僕から見れば実に無茶苦茶な理論なんだ。この説でいくとペンギンは空を飛ばないといけない!
児嶋
ほら、他の鳥を見なさい。みんな飛んでるだろう、って。
松本
なんで君だけ飛ばないのか、って。
児嶋
君には鳥としての協調性や自覚が欠けているな、とか言われちゃう。
松本
大きなお世話だよね。それに横たわらないにしても、立ったまま寝ない、あるいは立ったまま休まない鳥もいると思うんだ。
児嶋
たとえば?
松本
蛇鳥やエミューね、なんとなく足を折り曲げて休んでいたような記憶がある。はっきりしないけどね。
児嶋
うーん、ややこしくなってきた。
松本
じゃあ、そろそろ『ペンギンは横になって寝る』派の説を進めてみよう。まずはこの写真を見てほしい。

 

 

児嶋
確かに氷上でうつぶせになっていますけれど、寝てる様子ではないですね。
松本
じゃあ、君はペンギンがなにをしていると思うわけ?
児嶋
 写真からの判断というのは松本さんもご存じのように危険なんですよ。瞬間の切り張りですからね、合成もできるし…。
ホラ、ペンギンって海から泳いできて海面に飛び上がるじゃないですか。この写真はペンギンが海面から飛び上がってきて氷上に着地した瞬間じゃないですか?
松本
えっ、ペンギンって海面から飛び出して両足で着地するんじゃないの? こんな風にヘッドスライディングで氷上に着地するものなの? ズルズルーって滑っていくの? それこそお腹が冷たいじゃない?
児嶋
両足での着地はかなり難しいんじゃないですか? オリンピックの体操競技じゃないんだから。
松本
ピタッと両足で着地できたら9点とか、ね。
児嶋
着地時、短い翼をさっと上にあげると、さらに特典もアップする。
松本
かっこいいね。
児嶋
なんの話でしたっけ?
松本
つまり君は、この写真は海面からたまたま氷上に着地した瞬間である、と言いたいわけね?
児嶋
いや、そういう場合もありうると…
松本
じゃあ、この写真を見てください。

 

 

児嶋
 ・・・・・
松本
このペンギン達の状況は周りの風景からして海から氷上に着地した瞬間じゃないよね。
児嶋
・・・・・
松本
しかも1匹じゃない。この写真内だけでも4匹が横たわっている。
児嶋
・・・・・
松本
しかも、これはカレンダーとして売り出されているものの一枚で合成写真とは考えがたい。
児嶋
・・・・・うーん、確かに氷上着地時には見えませんね。でも、寝てるようにも 見えませんよ。みんな首をあげて前を見てる。
松本
その通り。ここでペンギンが腕枕…じゃななかった翼枕でもして目を閉じて横たわっていればいいだけどね。実はこの写真には説明がついている。彼らは”Emperor
Penguin”で、氷上を長い期間に渡り、旅をするらしい。そして彼らはよく下り坂で腹ばいになり、かなりのスピードで滑っていく、と書かれている。それがこの写真なんだ。
つまり、人間が考えてるほど横たわるという行為はペンギンにとって不自然な体型ではないわけだ。現にこうしてたくさんのペンギンが横たわっているわけだからね、しかもその写真がポスターに使われるほど公に発表されている。
児嶋
・・・・・
松本
それから人間にとってはペンギンが横たわっている光景というのは想像しがたいだろうけど、たとえばペンギンが死ぬ間際ね、きっと横たわっていると思うんだ。
「お母さんを大切にな、お父さんは一足先に行くよ」と立ったまま子ペンギンに言って、それからバターン! って倒れるとは考えがえ難い。
児嶋
もう、いいじゃないですか…。
松本
えっ?
児嶋
もう、いいじゃないですか、ペンギンがどのようにして寝ようと。僕らの生活に関係ないんだし…。別にどうでもいいじゃないですか?
松本
いや、よくないんだ。
児嶋
・・・・・
松本
誰に尋ねても知らないと言う。しかも、誰も知ろうとしない。あげくの果てにはみんな君みたいにごまかそうとする。結論を先に引き伸ばそうとする。
なにかが、おかしいんだよ。みんな、ペンギンの就寝方法に触れたくない、知りたくないような態度を示すことが…。
児嶋
松本さん、何が言いたいんです?
松本
これはつまり「パンドラの箱」じゃないかと思うんだ。人類が知ってはいけない、 疑問に思うことすら許されないことじゃないのか、と。
だから、誰に尋ねても知らないし、知ろうともしない。生まれつき、脳細胞からこの疑問が抹消されている。
児嶋
それをなにかのトラブルで松本さんがその疑問を抱いてしまった、と?
松本
その通り。ほら、ペンギンって人目につかない南極に住んでるじゃない? そのあたりも怪しいんだ。
結論を先に言っちゃうけど実はペンギンは宇宙人じゃないのか? あるいは宇宙人が地球の連絡係に選んだ生き物。そして夜になると宇宙と交信している。それがばれないようにするために僕ら人類に「ペンギンの就寝方法」に対する疑問を抱かせないないよう人間の遺伝子に組み込んである。
児嶋
そこまで知られてしまいましたか…
松本
ど、ど、どういう意味? 知られたって?
児嶋
ちょっと待ってください。
松本
ど、どうしたの? 急に携帯電話なんか取り出して…
児嶋
し、しずかに! あっ、もしもし、児嶋です…はい…ちょっと面倒なことになりました…はい…そうします。
松本
ど、どうしたの、急に?
児嶋
松本さん、これからペンギンが寝ているところを見に行きましょう。
松本
見に行くって、どこへ?
児嶋
いまペンギンがいる近くの動物園と話をつけましたから。
松本
もっ、もう、いいや。
児嶋
何がいいんです?
松本
いや、もうペンギンがどうやって寝ようが…
児嶋
でも松本さんはどうしても知りたいんでしょう?
松本
いや、なに、急に興味がなくなっちゃった。僕らの生活に影響するわけじゃないしさ。それにホラ、今日はお腹も空いてきたし。もう家に帰ろうよ。ネ?
児嶋
そういうわけにはいかなんです。さっ、行きましょう。
松本
なんだ、なんだ、おい、手をはなせよ、痛いじゃないか!
児嶋
近くですから。外に車も待たせてあります。さあ。
松本
やめろ! はなせよ、ちくしょう! おい、誰か助けてくれ!